宮城教育大学国際交流ニュース「環」第11号(2004年10月発行)掲載

「コオロギ相撲から環境教育へ」 English  Chinese

 国には1200年の時を越え、男たちを魅了し続けている遊びがある。「闘蟋(とうし
つ)」と呼ばれるコオロギ相撲である。“たかがコオロギ”と言うなかれ。強い戦士を育て
るために、男たちは金と時間、知恵のすべてを惜しみなく注ぎ込み、熱中のあまり家屋敷を
失う者や、一国を滅ぼした宰相さえいるのだから。昆虫を闘わせる遊びとしては、タイのカ
ブトムシ相撲(チョン・クワン)や日本の蜘蛛合戦などが有名であるが、「闘蟋」は唐の時
代から続く“世界一”の昆虫相撲である。そんな熱狂的な中国の昆虫文化を調査するため、
2004年8月23日〜9月2日にかけて上海を訪れた。
 海の暑い夏が終わる頃、コオロギたちの熱い闘いの季節がやってくる。普段は盆栽や
切花、熱帯魚や金魚、観賞鳥などが売られている花鳥魚市場(いわゆるペットショップ街)
の一角には、秋になると昆虫市場が突如として出現する。中国では伝統的に声が美しい「秋
の虫」の人気が高く、市場ではキリギリスやクサヒバリ、スズムシ、マツムシなどが売られ
ている。しかし、ここでの主役は何と言ってもコオロギである。主に山東省から運ばれてき
たというコオロギの価格は1匹1元(約13円)から1万元(約13万円!)までピンキリ。品
定めする買い手の眼は真剣そのもので、(平日の昼間だというのに)男たちはたくさん並べ
られた飼育容器の中から強いコオロギを選び出すことに余念がない。虫主たちはコオロギに
1日3回の食事を与えながら、毎日欠かさずトレーニングを行い、本番の闘いに向けて少し
ずつ対戦能力を高めていく。

  
    コオロギの品定めに余念がない男たち         大あごを開き、戦意むき出しのコオロギ

 蟋の手順としては、(1) 専用の天秤で計量する、(2) 重量の同じ対戦相手を探す、(3)
闘盆(リング)にコオロギを落とし、茜草で戦意をかきたてる、(4) 大あごで噛みあったり、
頭で押しあったりして闘わせる、(5) 勝者は翅を振るわせリッリッと鳴いて勝ち鬨を上げる
(敗者は背中を向け、すごすごと引き下がる)、という流れで行われる。勝負は1〜2分で
意外とあっけなく終わってしまうが、その短い闘いの中には、真剣勝負のスリル感や楽し
さ、小さなコオロギにかける大きな期待、コオロギと人との一体感が凝縮されている。「闘
蟋」は学際的な遊びでもあり、賭け事としてだけではなく、昆虫学や文学はもちろん、美
術、工芸、骨董などの多様な要素を内包している。そして、それぞれの分野で奥義を追求し
てきた結果、文化の域にまで達してしまった「究極の遊び」ではないだろうか。
 海での調査を終え、コオロギ相撲が単なるゲームとしては終わらない、昆虫そのもの
への理解へと広げていける魅力的な題材であることを感じ始めている。特に、生き物と触れ
あうことの少なくなってしまった現代の子どもたちに、身近な生き物への関心を深めてもら
うためのナビゲーターとして。子どもたちは、筆でコオロギを刺激しているうちに自然と昆
虫の触角や眼、耳、翅といった体のつくりを理解する。攻撃行動や求愛行動をつぶさに観察
することで、昆虫のコミュニケーションについて考えることもできる。また、コオロギ相撲
に熱中するうちに、最初は触れなかった子どももコオロギに触れるようになる、といった効
果も期待できる。「コオロギを触れた!」という自信は、きっと昆虫を身近な存在に変えて
くれることだろう。コオロギ相撲から環境教育へ。私たちの研究室では現在、日本にも生息
しているフタホシコオロギの飼育・繁殖を行いながら、その環境教育教材化への道を模索し
ているところである。

        
          秋の虫を楽しむための道具類